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岡本太郎も言ってたけど、情熱があって何かを始める人なんて少なくて、普通は何気なく始めたことに無意識のうちにのめり込んで、そこから情熱が生まれる。僕は何に向いてるんだろう、私は何をすべきなんだろう、なんて考え続けるのは完全なる自慰行為でお金と時間の無駄。それで儲かる産業はあるけど。
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"「犯罪者がプリキュア好き」とかいう報道、東映とかテレ朝は抗議すりゃいいのに。「逮捕されたこのヤクザはベ○ツを何台も乗り換え」とか「万引きで逮捕されたこの女はシ○ネルが好きで」とか普通言わないじゃん。"

Source: plasticdreams
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"昔、私鉄ストライキとかやってたときに、「近鉄:改札のみストライキ」
って出て、どういうことや?って周りの人に訊いたら「電車は動くからその間タダ乗り」って言われてこれが一番効くんちゃうか、って思った"

Source: twitter.com
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本日の衝動買い / on Instagram http://bit.ly/13isc3l

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/ on Instagram http://bit.ly/1a0IfHg

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79:風吹けば名無し:2013/06/02(日) 23:34:43.28 ID:evjh+qEv
リードシクティス・プロブレマティカスとかいう超恵体な魚
なおスペ過ぎて絶滅したもよう



94:風吹けば名無し:2013/06/02(日) 23:38:10.07 ID:CZ65mgHf
»79
プロブレマティカスって「問題である」という意味らしい
何が問題かというと化石がデカすぎたことやっけ?

101:風吹けば名無し:2013/06/02(日) 23:40:44.83 ID:evjh+qEv
»94
でかすぎるのと脆すぎる事やろうなあ
復元研究で検証を繰り返すたびに想定サイズが小さくなっていくのが普通なのに
やればやるほど逆に大きくなってるとかおかしなことやっとる
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Source: toronei
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"日本の現場の人たちは、安月給にもかかわらず勉強熱心で忍耐強く勤勉に働く。外国では、ドコモのオプションを完全に理解して客に伝えうる人材をあの給料では雇用できないはずだ。現場の無能さが、現場のオペレーションを単純化しようという経営者の動機になるのだが、日本の場合、幸か不幸か、現場が複雑さを力技で呑み込んでしまうのだ。それゆえ、日本では複雑なものが複雑なまま、現場の犠牲のもとに続いて行く。"

Source: hepton-rk
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"なぜフェンスが建てられたのかわかるまで、決してフェンスをとりはずしてはならない"

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—チェスタートン(ジャーナリスト・作家) (via nobaba1981) (via nemoi) (via rokugen) (via hibiky) (via uessai-text) (via kuriz) (via cxx) (via tundereforce) (via jinon)

In the matter of reforming things, as distinct from deforming them, there is one plain and simple principle; a principle which will probably be called a paradox. There exists in such a case a certain institution or law; let us say, for the sake of simplicity, a fence or gate erected across a road. The more modern type of reformer goes gaily up to it and says, “I don’t see the use of this; let us clear it away.” To which the more intelligent type of reformer will do well to answer: “If you don’t see the use of it, I certainly won’t let you clear it away. Go away and think. Then, when you can come back and tell me that you do see the use of it, I may allow you to destroy it.

This paradox rests on the common sense. The gate or fence did not grow there. It was not set up by somnambulists who build it in their sleep. It is highly improbable that it was put there by escaped lunatics who were for some reason loose in the street. Some person had some reason for thinking it would be a good thing for somebody. And until we know what the reason was, we really cannot judge whether the reason was reasonable. It is extremely probable that we have overlooked some whole aspect of the question, if something set up by human beings like ourselves seems to be entirely meaningless and mysterious.

There are reformers who get over this difficulty by assuming that all their fathers were fools; but if that be so, we can only say that folly appears to be a hereditary disease. But the truth is that nobody has any business to destroy a social institution until he has really seen it as an historical institution. If he knows how it arose, and what purposes it was supposed to serve, he may really be able to say that they were bad purposes, that they have since become bad purposes, or that they are purposes which are no longer served. But if he simply stares at the thing as a senseless monstrosity that has somehow sprung up in his path, it is he and not the traditionalist who is suffering from an illusion.

物事を改革するときには、変形させるときとは違って、そのための簡単で単純な原理がある。 それはおそらくはパラドックスの一種として分類される原理である。

まず、何かの慣例や法があるとする。 簡単のため、それを、道をさえぎって立てられたフェンスか門だとしよう。 進歩的な改革者がそこにやってきて、「私にはこれの使い道が分からない。撤去してしまおう」と大々的に宣言する。

そこにもっと知性のある改革者がいれば、このように答えるだろう。 「利用価値が分からないものの撤去を許すわけにはいかない。一度去って、考えなさい。使い道が分かったら、戻ってきて言いなさい。そうすれば破壊することを許すかもしれない」

このパラドックスは常識に基づいている。すなわち、門やフェンスは勝手に生えないし、 夢遊病者が眠りながら立てるものではないし、 病院から逃げた狂人が無目的に立てるとは、ほとんど考えられない。

誰かが何かの理由で、誰かのために良かれと思って立てたのである。 そしてその理由が分かるまでは、それが我々にとって妥当な理由かどうか判断できない。 我々と同じ人間が作ったものがまったく無意味で不可思議に見えているのは、 ある重要な側面をまるごと見逃していたのが原因だった、ということは極めて高い可能性でありえることである。

ある種の改革者は、祖先がすべてバカだったとみなすことによって、この困難をやりすごしてしまう。 本気でそうだと言う人には、その愚かさは遺伝病ではないかといいたい。 本当は、その社会的慣習が歴史の遺物だと分かるまでは、破壊する義務はだれにもない。 その成り立ちを知り、何の目的に供されたかを知ってはじめて、その目的が間違っていた、それが間違った目的になってしまった、満たす必要のない目的になってしまった、などということができる。 しかし改革者が、なぜか道に飛び出してきている奇怪な物体としてそのフェンスを眺めているだけだったならば、 幻想にとらわれているのはその改革者自身であって、保守主義者ではない。

G.K. Chesterton, Thinking backward, looking forward

(via whym, nobabaclip)

Source: nobabaclip